言い残していた



 幼馴染のK君の追悼文を読むと、K君には、自分が居なくなることを言えていた。
 那須君は、私にはそれを言えなくても、K君には言えるかもしれないとずっと思っていた。だから、K君がお見舞いに来てくれる時は、私はわざと用事で不在になるようにしていた。追悼文を読んで、やはりK君と二人きりなら言っていたのだと知って、何だかホッとした。

 亮君の追悼文で、Aさんは「那須君、自分が死ぬこと分かってへんのちゃうか」と怒ってはったけれど、彼は自分が、近く居なくなることは一応分かっていたのだと思う。ただ、そういう前提は良しとしなかったのだと思う。
 亡くなる数日前の小康状態の時にも、「この居間に何人はいれるかな?ワシの話を聞きにきてもらお」と、微笑みながら、自分にできることを考えていた。

 だから私は、那須くんがメールチェックできなくなった時に、デジタルパスワードを聞き出すのが やっとだった。大切なギターですら、どうしたらいいのか、言い残さなかった。

 
 那須君は、何も言い残さず逝ってしまった、と最初は思っていたが、彼はずっとずっと同じことを言っていた。出会ってからの態度もずっと、同じだった。それが、那須君が言い残したことだなと、今は思う。