京大変人講座の一日

 


2017年春に精密検査をした結果、膵がんだと医師から告知された日が、『京大変人講座』の講演の日だった。

その日、午前中に京大病院の診察室で告知され、そのまま研究室で1人過ごし、午後に講演をした。盛況で、彼も満足気に見えた。

今まで、私が那須君の授業を見に行きたいと言っても、彼は「来たら当てるしな」と牽制していた。しかし『変人講座』は公開講座ということもあり、「見に来てもいい」とお許しが出たので、大勢の人前で話す彼を(ほぼ初めて)見に行った。

すると講演の最後に、唐突に、妻への感謝を述べた。何なんだ!と私は一人赤面したが、何かおかしい…と思った。那須君は人前でそんなことをする人ではない。

講演の後、軽い立食パーティーがあったが、私はお邪魔だろうと先に帰った。
2時間ほどしてか、帰宅した那須君にお疲れ様のお茶を入れて、いつものようにカウンターに並んで彼の話を聞いていた。

ひとしきり話した後、「ちょっと話があるんやけど」と こちらに向き直り、すぐに「ワシ、膵がんやった」と言った。

私は一瞬両手で顔を隠したが、私が泣いたらいけないので、すぐに彼の(親指を握る癖がある)膝に置かれた拳を、上から覆うように両手で握って、ずっと下を向いていた。
講演最後の「妻への感謝」はこれだったか…と合点がいった。

彼は「ごめん、でも絶対負けない。治るから」と、いつも通りの穏やかさで明るく言ってくれた。
私は「うん、そうだね」と無理矢理 笑って答えた。